「おかあさんにぼくが一番好きなものあげたいもん」という台詞は、『トモちゃんはすごいブス』(森下裕美/双葉社)の中の、「ボクはいつも自分の宝モノしかジュンユにあげない」という台詞を参考にした。
聡明な少年・車谷は、死が迫っていた親友・ジュンユの「恋をしたい」という願いを叶えるため、主人公・チコを彼の「恋の相手」として(デリヘル嬢としてだが)紹介する(それでもジュンユは車谷の友情とチコの優しさに満足していた)。ネタバレになるが、その後、ジュンユの死を受け入れられなかった車谷は、相思相愛になったチコを拒絶し自暴自棄になる。
「そんなに車谷はアタシが嫌いか?」と涙を流すチコに、車谷が言った言葉が「嫌いな人間をジュンユの恋の相手に選んだりしないし」「ボクはいつも自分の宝モノしかジュンユにあげない」だった。印象的な場面が多いこの作品だが、この台詞は特に深く心に残った。
作中のヨハンナ(アクセサリー職人の女の子)のモデルは、リベサガのフロスティちゃん。ああいう子、可愛いなあと思って登場させた。尚、「クロワゾネ」というのは七宝焼きのことである。
宝飾品店は、江國香織の『冷静と情熱のあいだ Rosso』(角川書店)に出てくる主人公の勤め先をイメージした。「老婦人が営むアンティークジュエリーの店だが、近年は孫息子の作る新しい宝飾品も売っている」というのが、江國作品らしく、浮世離れしているが美しいと思う。
この『Rosso』は、主人公がひたすら別れた男への未練を抱えて日々を過ごし、最後に再会するだけという、悪く言えば退屈な話(江國作品によくある)だが、妙に心に残る描写(「ドンナの日」とか、親友の赤ちゃんがよちよち歩きしているとか、今カレと別れて住み始めたアパートのお風呂とか)がそこここにあって私は嫌いになれない。