2025年2月28日金曜日

『てんとう虫のブローチ』こぼれ話

『てんとう虫のブローチ』本文

「おかあさんにぼくが一番好きなものあげたいもん」という台詞は、『トモちゃんはすごいブス』(森下裕美/双葉社)の中の、「ボクはいつも自分の宝モノしかジュンユにあげない」という台詞を参考にした。

聡明な少年・車谷は、死が迫っていた親友・ジュンユの「恋をしたい」という願いを叶えるため、主人公・チコを彼の「恋の相手」として(デリヘル嬢としてだが)紹介する(それでもジュンユは車谷の友情とチコの優しさに満足していた)。ネタバレになるが、その後、ジュンユの死を受け入れられなかった車谷は、相思相愛になったチコを拒絶し自暴自棄になる。

「そんなに車谷はアタシが嫌いか?」と涙を流すチコに、車谷が言った言葉が「嫌いな人間をジュンユの恋の相手に選んだりしないし」「ボクはいつも自分の宝モノしかジュンユにあげない」だった。印象的な場面が多いこの作品だが、この台詞は特に深く心に残った。

 作中のヨハンナ(アクセサリー職人の女の子)のモデルは、リベサガのフロスティちゃん。ああいう子、可愛いなあと思って登場させた。尚、「クロワゾネ」というのは七宝焼きのことである。

宝飾品店は、江國香織の『冷静と情熱のあいだ Rosso』(角川書店)に出てくる主人公の勤め先をイメージした。「老婦人が営むアンティークジュエリーの店だが、近年は孫息子の作る新しい宝飾品も売っている」というのが、江國作品らしく、浮世離れしているが美しいと思う。
この『Rosso』は、主人公がひたすら別れた男への未練を抱えて日々を過ごし、最後に再会するだけという、悪く言えば退屈な話(江國作品によくある)だが、妙に心に残る描写(「ドンナの日」とか、親友の赤ちゃんがよちよち歩きしているとか、今カレと別れて住み始めたアパートのお風呂とか)がそこここにあって私は嫌いになれない。

2025年2月21日金曜日

『シロツメクサの楽園』こぼれ話

『シロツメクサの楽園』本文 

モチーフにしたのは、三好達治の詩『いにしへの日は』の一節。

ははそはのははもそのこも
はるののにあそぶあそびを
ふたたびはせず

この作品での「春の野」の花は「げんげ」(レンゲソウ)だが、なんとなく「春の花畑で遊ぶ母子の幸せな時間」というイメージで今回の話を書いた。 

最初は、ただグレイとクローディアと娘がシロツメクサで遊んでいるだけの話だったのだが、「時系列としては『花咲く頃に』の直前かな」と思ってつわりの話を入れたり、「楽園などどこにも無いんだ」というグレイの台詞を思い出して付け加えたりした。

「私の一生は、幸せだけ」という台詞(『最終兵器彼女』に出てきた気がする)も入れたかったが、なんだか不吉な感じがするのでやめた。また、個人的には「はるののにあそぶあそびを/ふたたびはせず」などと言わず、娘たちが大人になっても「昔こんなことしたね」と懐かしんで遊んだりしたらいいのに、と思う。

(追記)キンレンカのくだりは、梨木果歩『西の魔女が死んだ』(新潮社)より。
キンレンカ(ナスタチウム)が食べられることはこの作品を読んで知った(実際に食べたことはない)。葉っぱの形が本当に蓮っぽくて、「金蓮花」とはよく言ったものだと思う。

2025年2月1日土曜日

『菜の花色の服』こぼれ話

『菜の花色の服』本文 

モチーフにしたのは、向田邦子のエッセイ『黄色い服』と、上橋菜穂子『獣の奏者 外伝 刹那』の表題作。

『黄色い服』は、向田邦子が七歳のとき、「一着だけ好きな服を買ってやる」と言われて、黄色い可愛らしい服を買ってもらったという思い出の話。

彼女がそのとき選んだのは「今まで一度も買ってもらったことのない綺麗な色の、フワッとした夢のような服」だったのだが、この服を彼女の父親は「カフェの女給みたいな服だな」とこき下ろし、彼女がこの服を着るたびに(よそ行きとして数回着ただけだが)「またその服か」と不機嫌になった。

これに懲りた向田邦子は、翌年同じように好きな服を一着買ってもらうことになったとき、上品な「ぶどう酒色のオーバー」を選んだ。これは周りからの評価も高く(母が特に喜んだという)、彼女本人も気に入って長く着たのみならず、二人の妹のお下がりになった後、最後は妹のハンドバッグと帽子にリメイクされたそうな。

彼女はこの体験を「責任をもって、ひとつを選ぶ」ことを学んだ貴重な体験だったと振り返るが、私はこの文章を読んだとき、「子供が好きなものを好きと言えないなんて可哀想だ」と思ってしまった。

「少し地味目の品のいいものを選ぶと、自分も気分がいいし、まわりもきげんがよくて具合がいい、ということをこのとき覚えた」とあるが、もし彼女の父親が黄色い服を「可愛い」「よく似合う」と褒めていたら彼女は同じことを考えただろうか。結局、大人の反応を敏感に察知して、それに合わせることを覚えさせられたとも言えるのではないか。

そんなことから「自分の娘が自分の好みに合わない服を喜んだとしたら、グレイだったらどう反応するだろう」と考えたのが今回の話である。せめて幼いときくらい子供の好きな、というか心ときめく服を着せてやれ、という思いで書いたらこうなった。

クローディアのエピソードの元ネタは、『刹那』の一場面。エリンがイアルとの初デート(お祭り)に着てきた黄色い服を見て、イアルが「すごく似合う」と思いながら全く褒めることができなかったというくだりを参考にした。イアルのキャラクターは、グレイと被る部分が多い(無口なところとか凄腕の剣士だったところとか、思いやりはあるけど不器用なところとか)と思う。

『ゆうべ見た夢』こぼれ話

  『ゆうべ見た夢』(R-18) 地元のラジオ番組でかなり昔(四半世紀くらい前)に紹介された、「子供に夫婦の営みを見られちゃった事件」を参考に書いた。 (以下、センシティブな表現を含むので読みたい人だけどうぞ)